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【かちゃくちゃのコラム_1】グラビアアイドルはなぜ旅に出るのか。 あるいは終焉で彼女たちは何を見るか(2001/06/15)

【かちゃくちゃのコラム_1】グラビアアイドルはなぜ旅に出るのか。 あるいは終焉で彼女たちは何を見るか(2001/06/15)

 雑誌グラビアや写真集である程度成功を収めたグラビアアイドルがその活動をテレビにシフトすると、不思議なことに徐々に誌面や写真集上での彼女の魅力は薄れだす。

言ってみればテレビはグラビアアイドルのその長くてきめ細かく頬ずり衝動激しく禁じ得ない脚を、汚れたその手でジカに触って引ッ張り倒す。

端的な例としては優香の過去の画像アーカイブに当たれよ。テレビに本格的に出始めて3ヶ月くらい経たころから、ガッツリとグラビア上の彼女の輝きが薄まッているだろうから。

おれはかつて熾烈な優香ファンであったことを否定したりはしなくもなくもないが、そんな衝撃の断絶をはっきり目撃したとき、おれは彼女がテレビに陵辱されたンだと感じた。そしてしょんぼりとグラビアアイドル・スクラップファイルの第3巻を整理・粛正した。

で、問題はメイン活動フィールドをテレビに移したときに顕れる魅力の減退という怪現象の原因、それは何かということだが、無論ハードなスケジュールから来るフィジカルな影響もあるだろうし実際その疲労はダイレクトに体に影響するのだろうが、それ以上に原因はメンタルな部分にあると思う。

大雑把に言うと、グラビアは静止画像という点のメディアであるのに対し、テレビは動画であり線のメディアということになる。

グラビアアイドルが「匠」の技巧を持った特殊才能保有者であることは今までに何度か書いてきた。

つまり、グラビアアイドルたちは動いてたら別に特別かわいくもなくヘタしたらそこら辺を歩いてる女の子と区別が付かない。

しかし彼女たちが「匠」であるユエンは、彼女たちが連綿たる、しかし限られた10代~行って22歳という時間の流れの中で、1点、たった1点だけを切り抜いて写し出す写真というメディアの要請に応えるように、普段の「線」の時間を生きる自分自身を凌駕(トランス)し、一瞬という限りなくはかない「点」の世界で最高の自分を立ち上らせるというところにあるのだ。

大概のトップグラビアアイドルはテレビではかわいくない。しかしかわいくない彼女たちがグラビア写真の中で至上の美しさを放つのは、ひとえにこの鯉の滝昇りのような跳躍があるからだ。

しかし我々の感動と萌えと性欲を同時喚起する一瞬の奇跡は、全てのグラビアアイドルに出せるものではない。

才覚のある人間は限られている。テレビという動画メディアに別に向いてるわけでもない女の子が、グラビアで人気トップを快走するからというだけの理由でテレビの方に引き抜かれるのはだからとても理不尽なわけだ。

才能を持てる人間はその分野で輝くべきなのだ。動画向きの美人なんてのは街中にゴロゴロしてる。テレビ向きの美人は別に貴重ではない。貴重なのはグラビアで輝ける才覚のある女の子だ。

私はテレビ界(先進国)によるグラビア界(第三世界)での、この密猟とも言える行為を何とか規制して(ワシントン条約)ほしいと文字通り身じろぎしているのだが、しかしそれにはこうやって地道に理屈を伝えていくしかないとも思っている。

でそれは一旦措いて、なぜ線の世界がグラビアアイドルをダメにするのかだが、それは結局 緊張感の喪失である。

テレビはバラエティなんかを見ていれば判るように、大概が出演者にとって見せ場を欠いたルーティンワークだ。

それは移動、打ち合わせ、リハーサル、本番といった仕事の形態が象徴するように、のんべんだらりなのだ。

滝昇り的一瞬を仕事から剥奪され、連綿と続く「仕事」時間の中に投げ込まれたグラビアアイドルは、もはや奇跡を起こせない。

一瞬に力を注ぐ変わりに本番の1秒1鋲に力を分散させる。このマラソン的ペース配分はあるいはアイドルをふくよかにしたり、肌を荒れさせたり、肉体に変化を及ぼすこともあるだろう。そしてテレビが自分たちの栄光でありゴール、そんな風に錯覚したグラビアアイドル、それは稼ぎや大衆人気至上の業界にあっては大部分だと思うのだが、そう錯覚した彼女たちにとってグラビアはもはや忙しい仕事の合間に行う面倒でワリに合わない仕事なのであり、「匠」の技を発揮する舞台ではなくなり、場合によってはルーティンワークとしてナガすという、最悪の価値の転倒が起きてしまう。

結論-1
繰り返し言うが八百屋は野菜を売るべきである。グラビアアイドルは写真の中でぼくだけのために微笑むべきである。きみたちは汚れてはいけない。動いてもいけない。下手なセリフをカタい表情で喋ってはいけない。微笑みを絶やしてはいけない。冬だからッて水着を脱いで服を着てはいけない。大学を辞めてはいけない。
なぜならグラビアで微笑むきみたちのその美しさは、静止したフレームの中で永遠なのだ。

結論-2
しかしグラビアアイドルはいつかテレビ界へと歩き出さねばならない。グラビアから始まった旅の終焉は避け難くCM、ドラマにあるからだ。それは仕方ない。泣いたってしょうがない。ただおれが虚無を感じざるを得ないのは、なぜ筋書きの分かっている悲劇をアイドルは、そして事務所は繰り返す?しかしおれら判っている。そんなグラビアアイドルの歩みは、ちょうどおれらの人生みたいなもんだということを。

このコラムはPLAYの要望により、かちゃくちゃさんの「大衆決断」(現在は閉鎖)内のコラムページ「ロゴス神経症」の“グラビアアイドルはなぜ旅に出るのか。あるいは終焉で彼女たちは何を見るか”を転載させていただいたものです。

 【掲載日】2001/06/15

【執筆】かちゃくちゃ